子供が欲しいと思えない女

チャイルドフリー(childfree)という思想について

高校時代から子供を欲しいと思えない自分

自己紹介

こんにちは、にんと申します。

筆者について軽く自己紹介させてください。
現在は、夫と二人暮らしの28歳で、フリーランスとして働いています。
子供が欲しいと思ったことがなく、今でも思えずにいます。
夫と結婚したことで子供をめぐる問題に直面し、日々苦悩しながら自分の深層に眠る感情を紐解いていこうと思っています。

このブログの意義については詳しくはこちらをご覧ください。

childfree.hatenadiary.jp


 

将来的に子供が欲しくないと気づいた時

皆さんが将来的に子供が欲しい、もしくは、欲しくないと明確に感じたのはいつですか?

私がはっきりと子供は欲しくないと心に止めたのは、高校1年生の頃だったと記憶しています。
(既に小学生の頃には漠然とそう感じていたような気もしますが…)

 

それでは、高校時代に遡ってお話しさせてください。

中高一貫の女子校に通っていた私たち生徒は、
女性の社会的地位が低い現状を知った上で、それでも女性は自立し社会に貢献できるのだという精神を根強く教育されました。
事実、向学心・向上心を持った学友ばかりで、とても居心地の良い環境でした。

女性だからと言って決められた枠にはまる必要は無く、
自分の頑張り次第でどんなことにでも挑戦できることに気づかせてくれた、
本当に素晴らしい学校だと感じています。


そんな大好きな学校だったのですが、
1つだけ心に残る(悪い意味で)出来事がありました。

それは、女性の出産と命の大切さについて学ぶ授業でのことです。
授業はこう始まります。

「皆さんはいつか出産する時が来るかもしれません。その時に備えーーー」

高校生の私はこの一言で酷く不快な気持ちになったことを覚えています。

さて、皆さんは何か違和感を感じましたか?

今思い返してみれば、教師は何もおかしな事を言っていたわけではありません。
ただ、「産む選択だけ」を強く勧められたことで私の心が混乱してしまったのです。

この時初めて、子供を欲しくないと思っている自分に気づかされました。
そしてそれは息を吸うかのごとく、至極自然な感情であることにも。

授業が進むにつれ、「産み方」のオプションを紹介されましたが、
「産まない選択」については最後まで触れられることはありませんでした。

考えてみれば学校なのだから、生徒に「if」の解決法を提示するのは普通のことです。
例えば、生徒が「英語は将来絶対に使わない」と宣言したとして、「じゃあ国語だけでいいよ」とはならず、「英語も使うかもしれないから勉強しなさい」となりますよね。

だから、あの授業をしてくれた先生やその教育方針を打ち出した学校を悪いとは思いません。

「皆さんはいつか出産すると思いますがーーー」と決めつけられたわけでもありませんし。

ただ、いろんな選択肢を与えてくれるあの学校のあの授業だけ、
もう一つ「if not」の選択肢について言及してくれなかったことがショックでなりません。

授業の冒頭にたった1フレーズでいいから足してくれていたらと思うことがあります。

「皆さんはいつか出産する時が来るかもしれませんし、しない選択をする人もいるかもしれませんーーーそれでも知っておいた方が良いお話をします」

もしもそうだったならば、ほんの少しだけ心に余裕が生まれていたのかもしれません。

しかし、この授業の不快感を筆頭に、出産という神秘的な行いに対して倒錯的な思考を持ったまま、筆者は高校生活を送ることになってしまいます。

 

 

ーーー次回ーーー

「理解者のいない女社会」

についてお話ししていければと思います。